けやきの会

日本のへそ舞鶴


化石学者は舞鶴を「日本のへそ」と呼びます。
22年6月17日
 化石学者は舞鶴を「日本のへそ」と呼ぶそうです。それは!人間の誕生の記憶を残す「人間の「へそ」の、また、その「へそ」の真中にあって、取ってしまうとお腹が痛くなる「へそのゴマ」のように、深いリアス式海岸を持つ舞鶴には、気が遠くなるような昔、大陸から切り離されて日本海が出来た時の地層までもが残っていて、そして、そこには古代から縄文遺跡に至るまでの多くの化石が残っていることに由来します。遠い昔の人間の記憶がそのまま、脈々と舞鶴には残り、現代まで繋がっています。        …左の写真はビカリア 約1500万年前 舞鶴市笹部
  新生代の中新世を代表する化石で、示準化石(しじゅん)とよばれています。
 この化石は、世界で1番美しいビカリア化石と折り紙を付けられた舞鶴産の模式標本であり、世界の地質学界で舞鶴を有名にしたものです。
 荒木コレクション

日本の古代史が解る凡海郷(オオシアマ)から京都国際貿易港へ
22年6月17日
  日本書紀には「天武天皇」を育てた人として「凡海人」の名前が見えます。新羅との交易や、また大浦半島の反対側、福井県を廻って琵琶湖へ、そして都へ行く道や神護寺と東大寺の「お水とり」の行事はよく知られていますが、ここ舞鶴の外洋に浮かぶ冠島を望む場所にある大浦半島には数々の「鬼伝説」が残り、宮津へ大江町へ丹後半島へ、と鬼伝説が繋がっていくのです。ここはまた「凡海郷」と呼ばれる地名でもあり。新羅への道であり、貴重な鉱脈の産地であり、又塩作りが早くから行なわれて、あるいは大和朝廷からの攻略の跡が残り、奈良時代からの交易札が出土しています。 丹後最古の寺の一つ、この大浦半島にある「多祢寺」は麻呂子親王の祈願による丹後七薬師の一つであり、鹿原「金剛院」は高岳親王の密教修行道場として建立されました…左は舞鶴の沖に浮かぶ冠島。島影から今にも凡海人が現れそうです。